この記事の情報リスト
本日はTrio時代のKX-7000というネット上にもほとんど情報のないカセットデッキを中古市場から購入しましたので、レビューに加えてこの機種について調査していきます。
記事の後半では現ケンウッドに直接問い合わせたやり取りも記載していますので、ぜひビンテージオーディオの参考にしてみてください。
Trioとは?
TRIO株式会社は、1946年(昭和21年)に東京都千代田区神田で設立されました。
創業のはじまり:通信機器メーカーとしての誕生(1946年)
TRIOの前身は、長野県駒ヶ根市にて創業された有限会社春日無線電機商会です。
当初はラジオ受信用の高周波コイルの製造を行っていました。
山に囲まれ外来電波が届きにくいという、極めて静穏でノイズの少ない電波環境(伊那谷)を活かして高周波技術を発展させました。
これが後に、FMチューナーやアマチュア無線機器といった製品開発の礎となります。
1947年に商標を「TRIO」と定め、1960年に社名自体も正式に「トリオ株式会社」に変更されました。
通信機からオーディオへ、オーディオ御三家の時代
TRIOはアマチュア無線・受信機器で技術力を培いながら、1960年代にはステレオアンプやチューナーの分野に本格参入します。
山水電気や、パイオニア(現在はオンキヨーテクノロジーが事業継承)と並び、「オーディオ御三家」として「サン・トリ・パイ」と称される存在になります。
アマチュア無線の分野では、アイコム、八重洲無線(のちのバーテックススタンダード)と並び、「無線三巨頭」として市場を牽引してきました。
日本初のアマチュア無線用送信機「TX-88A」を世に送り出しています。
KENWOODブランドの登場とグローバル展開(1970〜80年代)
1970年代、輸出向けブランド「KENWOOD」が立ち上げられ、世界市場に本格進出しました。
特にカーステレオやFM/AMチューナー、カセットデッキ(KXシリーズ)で大ヒット製品を生み出しました。
- 1971年:TRIO製品もKENWOODブランド名で販売開始
- 1975年:ハイエンド機器の登場によりアメリカ市場で成功
同時に、TRIOの創立者である春日兄弟(春日仲一と二郎)が、1972年の社内クーデターにより退任。
彼らは後にAccuphase(アキュフェーズ)を創業し、ハイエンド・オーディオの名門を築きました。
TRIOからKENWOODへ:社名変更(1986年)と事業拡張
1986年、社名を「株式会社ケンウッド(KENWOOD Corporation)」に変更しました。
これによりTRIOブランドは事実上終了。
以降はKENWOODとしてグローバル統一戦略が本格化しました。
長年の通信・音響技術をベースに、カーオーディオ、家庭用音響機器、無線機器へと事業を拡張。
富士重工業(現・SUBARU)や本田技研工業(Honda)へOEM供給も行うなど、業務提携も拡大しました。
かつては、
- ラジオ受信機
- 携帯電話・PHS・コードレス電話
- ファクシミリ、磁気テープ製品
- レコードレーベル(トリオレコード) なども手がけていましたが、業績不振により徐々に撤退。
デジタル機器・計測機器事業と撤退
- 1996年:計測機器部門は子会社ケンウッド・ティー・エム・アイ(Kenwood TMI)に分離
- 2002年:日本毛織に譲渡
- 2006年:株式会社テクシオ(TEXIO CORPORATION)へ社名変更
- 2013年:GOOD WILL INSTRUMENT傘下で「テクシオ・テクノロジー」に改称
また、デジタルオーディオプレーヤー市場へも参入。
- 2001年:WMA対応CDプレーヤー型
- 2005年:フラッシュメモリ型DAP(Creative社OEM)
- MEDIA kegシリーズではリニアPCMレコーダーも展開(2011年で生産終了)
TDKよりコンパクトカセットのOEM供給を受け、自社ブランドとして販売していた時期もあります。
日本ビクターとの統合とJVCケンウッドの誕生(2006〜2011年)
- 2006年12月:松下電器(パナソニック)によるビクター買収交渉が報じられるも、破談
- 2007年7月24日:ケンウッドが日本ビクターへ資本参加。2008年の経営統合を前提に第三者割当増資を引き受ける(計350億円)
- 2008年6月27日:株主総会で経営統合が承認され、10月1日に「JVC・ケンウッド・ホールディングス株式会社」設立
- 2008年9月25日:両社とも上場廃止
- 2008年10月1日:新会社設立、ケンウッドはその傘下企業へ
- 2011年10月1日:ケンウッドを含む3社が合併、「株式会社JVCケンウッド」へ移行し、法人としての「株式会社ケンウッド」は解散
TRIOという名の遺産
現在、TRIOブランドは製造終了していますが、その思想・技術・音への哲学はKENWOODへ、さらにJVCケンウッドへと受け継がれています。
とりわけ1970年代のTRIO製品は、”Made in Japan” の音響技術の粋として、世界中のヴィンテージオーディオ愛好家に高く評価されています。
KX-7000の発売年は?

ハードパーマロイヘッドを搭載したKX-7000ですが、ネットで検索をしても情報がなかなか出てきません。
この時代に偽物が出回るというのは製造技術など含めてあり得ない話であると思いますので正規品であることは間違いないとは思いますのでケンウッドにメールで問い合わせてみました。
すると大変丁寧な回答をいただきました。
問い合わせとしては、できる限り情報がほしい旨、難しければ発売年月日だけでも調べてもらえないか?ということで問い合わせたところ、やはり現在はサポート終了しており、提供できる情報は発売年だけとのこと。
発売年は1977年9月でした。
また、このKX-7000は修理とメンテナンスを前提とされており、内部もとてもシンプルな設計になっています。

蓋を開けると、蓋の内側にはメンテナンス情報も掲載されているほど。

この時代のアナログ機ならではの感覚です。
デジタルになってからはメンテナンスという言葉そのものがなくなってしまったような感覚になりますよね。
次にせっかくなので、kX-7000に想いを寄せられるよう、発売年月であるこの1977年9月というのがどんな月だったのか?まとめてみました。
🇯🇵 日本の主な出来事(1977年9月)
- 9月5日:日本赤軍によるダッカ日航機ハイジャック事件が発生。日本政府は人質の安全を最優先し、身代金支払いと囚人釈放に応じる決定を下す。この対応は国内外で賛否を呼び、テロへの対応方針に一石を投じた。
- 9月9日:日本政府がダッカ事件の対応について公式発表。人命尊重の立場を強調しつつも、今後のテロ対策強化を示唆。
- 9月中旬:日中平和友好条約締結に向けた準備が進行。田中角栄元首相の訪中以降、日中関係は改善傾向にあり、条約締結への期待が高まる。
- 9月末:経済企画庁が景気動向指数を発表。高度経済成長期の終焉を迎え、経済成長率の鈍化が顕著となる。
🌍 世界の主な出来事(1977年9月)
- 9月5日:米国とソ連が戦略兵器制限交渉(SALT II)を再開。冷戦下の軍拡競争を抑制するための重要な一歩となる。
- 9月7日:米国とパナマがパナマ運河返還条約に調印。この条約により、1999年までにパナマ運河の主権がパナマに移譲されることが決定。
- 9月12日:南アフリカの反アパルトヘイト運動指導者スティーブ・ビコが拘留中に死亡。国際社会から非難の声が上がり、南アフリカ政府への圧力が強まる。
- 9月18日:エジプトのサダト大統領がイスラエルとの和平交渉を提案。中東和平への道筋が模索され始める。
📈 経済指標(1977年9月)
- 日経平均株価:1977年9月末時点で約5,500円。オイルショック後の経済調整期にあり、株価は低迷傾向。
- 金価格(ロンドン市場):1トロイオンスあたり約160ドル。インフレ懸念から金への投資が増加し、価格が上昇傾向に。
- ダウ平均株価:1977年9月末時点で約850ポイント。米国経済の停滞とインフレ懸念が影響し、株価は伸び悩む。
1977年9月は、国内外で政治的緊張が高まる一方、経済面では停滞感が強まった時期でした。
日本では、ダッカ事件を契機にテロ対策の在り方が問われ、政府の対応が議論を呼びました。
また、経済成長の鈍化が明確となり、戦後の高度経済成長期の終焉が意識され始めた時期でもあります。
世界では、冷戦下の米ソ関係や中東情勢、アパルトヘイト問題など、国際政治の動きが活発化。
これらの出来事は、国際社会の構造変化を示唆するものであり、後の歴史に大きな影響を与えました。
春日兄弟(春日仲一と二郎)のその後
Trioを追われた春日兄弟でしたが、その後どんな人生を歩んだのでしょうか?
🔶 1. トリオ時代からの脱却:創業の動機
- 1946年:春日仲一・春日二郎兄弟と義兄・中野英男氏の3名により「春日無線電機商会」を設立(長野・駒ヶ根)。
→ TRIOブランドでラジオや高周波部品の製造販売を開始。 - 1960年:社名をトリオ株式会社に変更し、東京へ本社移転。
→ アマチュア無線機・チューナーで技術評価を得て、1969年には一部上場企業へと急成長。 - 1972年1月:オーディオブームによる過当競争と企業規模拡大の影響で、トリオ内部での経営方針に相違が発生。
→ 創業兄弟である春日仲一氏(当時副社長)と春日二郎氏(技術担当副社長)が退社。
→ 技術者・販売店・メディア・銀行からの支援を得て、「量より質」の理想を掲げて独立を決意。
🔶 2. ケンソニック株式会社の設立
- 1972年1月17日:株式会社ケンソニック(Kensonic)を設立。
社名の由来は、「KEN(認識の限界)」+「SONIC(音)」の造語。 - 1972年6月1日:業務を本格開始(電波の日を創業日に定める)。
- 社長:春日仲一氏
- 副社長:春日二郎氏
- 当初の活動拠点:
- 東京都大田区雪谷の春日二郎邸 →「雪谷研究所」と命名して製品開発拠点に。
- 春日仲一氏の自宅応接室を総務・経理部に使用。
🔶 3. 本社ビルと自社工場の建設
- 当初、外部工場を検討するも理想物件が見つからず、「後戻りできない決意」として、横浜市青葉区新石川に鉄筋コンクリート3階建ての本社ビルを建設。
→ 数年後には4階建てに増築。 - 研究開発拠点から、フル自社設計・製造体制への移行を果たす。
🔶 4. アキュフェーズブランド誕生と初期製品
- 初代製品群(1973年発表・発売):
- T-100:AM/FMチューナー(¥135,000)
- C-200:コントロールアンプ(¥145,000)
- P-300:ステレオパワーアンプ 150W+150W(¥195,000)
- ブランド名「Accuphase」:
- **accurate(正確)+phase(位相)**の合成語。
- 当初は製品シリーズ名だったが、後にブランド名へ昇格。
- 製品特徴:
- 高精度な測定器群を投入し、恒温恒湿環境下で設計された徹底した音響開発。
- 試聴には米国製スピーカーAR-LSTを用い、日本製アンプでは鳴らしきれなかった機種を「朗々と」駆動したとされる。
- 評価:
- オーディオ誌や新聞で大きく取り上げられ、「本物志向」の音質と造り、保証特性の明示などの姿勢が注目された。
🔶 5. アキュフェーズ株式会社への社名変更
- 1982年6月(創業10周年):社名を「ケンソニック株式会社」から正式に**「アキュフェーズ株式会社」へ変更。
→ ブランドと社名の一致によるグローバル戦略の加速**。
🔶 6. 創業理念と経営哲学
- 春日兄弟が掲げた信条:
- 「企業が大きくなると質より量に走りがち。だからこそ、小さくても良い会社を目指す」
- 創業当初から「超高級製品専門に徹する」という哲学
- その理念は現在まで変わらず、Accuphaseは世界中でハイエンドオーディオの代名詞として評価され続けている。