永久保存版:笙の歴史と構造

投稿者: | 2025年4月3日

笙の歴史 — 天から舞い降りた音の系譜

笙(しょう)は、日本の雅楽において最も神秘的な響きを持つ楽器のひとつです。

そのルーツは古代中国にあり、日本に伝来してからは千年以上にわたって宮廷文化や宗教儀礼とともに歩んできました。

起源:中国の「鳳笙」

笙の原型は、中国の古代に使われていた「笙(シェン)」という楽器です。

紀元前2000年頃の殷(いん)・周王朝時代の遺跡からも出土しており、古代中国の楽器の中では最も古い部類に属します。

元々は葦や竹の管に金属簧(フリーリード)を仕込んだ小型の吹奏楽器であり、天を象徴する音として、祭祀や礼楽(れいがく)に使用されていました。

この笙が日本にもたらされたのは奈良時代(8世紀)と考えられています。

平安貴族と笙の秘伝

平安時代に入ると、笙は天皇家や貴族階級の間で特別な楽器と見なされるようになります。

特に、藤原基経を笙の名手とする伝承があり、彼の技術は豊原家、さらには源頼義・源義家らへと受け継がれていきました。

これにより、笙は雅楽の中でも神聖視される存在となり、宮中での祭礼や仏教儀式などに欠かせない楽器として定着していきました。

この時代には「楽家(がくけ)」と呼ばれる世襲の雅楽師たちが登場し、笙の演奏技術や調律法、楽譜の読み方などが門外不出の形で伝えられました。

これにより、笙はただの楽器ではなく、一種の”秘伝”の存在として守られてきたのです。

戦国~江戸時代:武家と寺院に伝承される笙

中世になると、笙の伝統は将軍家や寺院にも広がります。

室町時代には足利尊氏が笙の奏者として名高く、江戸時代にも徳川家の庇護を受けながら、京都・奈良を中心とした雅楽の家元によって継承されました。

特に東大寺や春日大社などの寺社では、法要や節会(せちえ)において笙の音が響きわたり、仏教的な「浄音(じょうおん)」としての役割を果たしてきました。

またこの頃には、正倉院に納められた笙など、古楽器の保存活動も盛んになり、楽器の構造や音律が時代とともに洗練されていきます。

近代:雅楽から現代音楽へ

明治時代に入り、西洋音楽が急速に日本に広がる中でも、笙は雅楽の中心として守られました。

国の制度として雅楽が保存・伝承されるようになり、宮内庁楽部などの専門機関が設置されます。

昭和に入ると、宮城道雄などの邦楽作曲家が笙を現代邦楽に取り入れるようになり、従来の宗教的・儀礼的な枠を超えて笙の芸術性が再評価され始めます。

また海外の現代音楽家たちもその音色に注目し、ドイツのマウリツィオ・カーゲルやアメリカのジョン・ケージは、笙を用いた前衛的な作品を残しています。

現在では、笙は伝統芸能としての雅楽だけでなく、現代音楽、映画音楽、環境音楽、ヒーリング音楽など、幅広い分野でその響きが活用されています。

一度耳にすれば忘れられない、まるで天から降りてくるようなその音色。

笙の歴史は、まさに“天と人をつなぐ音の道”そのものです。

笙の構造とメカニズム — 天の音を支える精密な仕組み

笙(しょう)の音色は「天から差し込む光のよう」と形容されることがあります。その繊細で透明感のある響きは、実は非常に精密で緻密な構造によって支えられています。この章では、笙の構成要素と音の仕組みを詳細に解説します。

外観と全体構造

笙は、17本の細い竹管を円形に並べ、下部を「胴(どう)」と呼ばれる木製の空気室に差し込んだ構造をしています。胴の部分は「風袋(ふうたい)」や「頭(かしら)」とも呼ばれ、材質には桧(ひのき)や桜の木が使われ、気密性を高めるために漆で固められています。

上から見たとき、竹管は扇状または翼状に広がるように配置されており、これは鳳凰が翼を休めた姿に見立てられた「鳳笙(ほうしょう)」の名にもつながっています。

なお、17本の竹管のうち、音が出るのは15本で、残る2本(「也」「毛」)は飾り管で、実際にはリードが付いておらず音は出ません。


各管の構造と音の発生原理

竹管(たけくだ)

それぞれの竹管は、真竹や女竹を使用して作られ、内部は共鳴管として機能します。竹の長さは一見不揃いに見えますが、実際には各管に設けられた「屏上(びょうじょう)」と呼ばれる小窓の位置により、有効な共鳴長が調整されています。竹の表面には、指で塞ぐ「吹き孔(ふきあな)」が一つずつ開いており、これを押さえることで音が鳴る仕組みです。

リード(簧:した)

竹管の根元、胴に差し込まれる部分の内部には、金属製の薄い簧(した、リード)が取り付けられています。これが**自由簧(フリーリード)**と呼ばれるもので、リードの一部が空気の流れに反応して自由に振動します。リードは主に銅と錫の合金でできており、その振動周波数が音の高さを決定します。

空気が送られた際、簧が振動し、それが竹管の内部空間と共鳴することで、特徴的な音が発生します。この原理は、ハーモニカやアコーディオンと同じ「フリーリード式」の一種です。


音が鳴る条件と「指孔」の役割

笙では、ただ息を吹き込むだけでは音は鳴りません。管についている指孔を指で塞いだ状態で、初めて音が鳴るというのが最大の特徴です。

  • 指孔が開いている状態(押さえていない):リードは振動しても、管内の空気柱が共鳴しないため音が出ない。
  • 指孔を塞いだ状態:リードの振動と空気柱の共鳴が成立し、はじめて音が鳴る。

このため、指孔の開閉こそが、音のON/OFFを司る重要な要素となります。しかも、笙は吹いても吸っても同じ音が鳴るという特徴があります。これにより、息継ぎなしで音を持続できる、独特な演奏法が可能となっているのです。


胴(風袋)の内部と気密構造

胴は、17本の竹管が差し込まれる木製の容器で、内部は空気が滞留する構造となっています。この空間が加圧されることで、各管へ空気を供給する役割を果たします。

特に重要なのが、以下の3点:

  • 密閉性:リードを振動させるには、胴内がある程度密閉されている必要があります。胴の接合部には漆が使われ、完全な気密性が保たれています。
  • 吹き口:奏者が息を出し入れする部分で、水牛の角などでできた蓋に開けられています。
  • 気流の制御:息が胴に入ると、すべての竹管に均等に空気が流れ込みます。どの管で音を出すかは「指孔」の操作に依存しているため、息の量を調節しながら操作することで、音量やアタック感にも微細な変化をつけることができます。

音程調整(調律)とリードの調整技術

笙の音程は、リードに塗布された「調律蝋(ちょうりつろう)」によって調整されます。この蝋は、蜜蝋と松脂を混ぜて作られており、リードの振動部分に微妙な厚みを加えることで、振動周波数を変化させます。

  • 蝋を厚くすると:リードが重くなり、音が低くなる。
  • 蝋を薄くすると:リードが軽くなり、音が高くなる。

また、リードの隙間には「青石(しょうせき)」と呼ばれる孔雀石の粉末が塗られています。これは、リードの気密性を高め、水分を吸収・拡散しやすくする効果があります。

この調律作業は極めて繊細であり、専門の「製笙師(せいしょうし)」による調整が必要です。わずか0.1g以下の蝋の加減が、音程に大きく影響を与えるため、定期的な点検が欠かせません。


飾り管「也」「毛」について

笙には、音が出ない竹管「也(や)」「毛(もう)」が含まれています。これらはリードが取り付けられておらず、楽器としての機能は持ちません。

ではなぜ存在するのか?
それはデザイン上の均衡と、鳳凰の翼を模した美的意匠のためです。左右非対称な15本では楽器として不安定で、視覚的にも不格好なため、2本を「飾り管」として配置することで、見た目の美しさと重心のバランスを保っています。

興味深いことに、正倉院に残る奈良時代の笙には、これら2本にもリードが付いていた形跡があり、かつては実際に音が出ていたと推測されています。しかし雅楽の十二律には不要な音であったため、後に実用から外されました。


まとめ:伝統とテクノロジーの融合

笙は一見するとシンプルな楽器のように見えますが、その内部には、古代から連綿と続く高度なアコースティック技術が詰まっています。

  • 竹と金属、木と蝋、漆と石…すべて自然素材の微妙なバランスが生み出す音。
  • 手仕事による精緻な加工。
  • フリーリードによる独特な発音構造。
  • 吹いても吸っても鳴る、持続可能な響き。

それらすべてが、笙の「空気を音に変える神秘の仕組み」を支えています。

笙のメンテナンスと管理方法 — 音を育てる“静かな儀式”

笙は「息を音に変える」楽器であると同時に、「空気の湿度と温度」に極端に敏感な繊細な存在です。美しい音色を安定して保つためには、メンテナンス=演奏の一部と心得る必要があります。この章では、笙の管理において最も重要なポイントを「水分対策」とともに解説します。


なぜ笙に水分は大敵なのか?

笙の構造上、息を吹き込んだ際に発生する**水蒸気(呼気中の湿気)**が、次の3つの要素に悪影響を与えます:

  1. リード(簧)の振動に影響を与える
     水滴がリードの上に溜まると、微細な振動が抑制され、音が鳴らなくなったり、音程が不安定になります。
  2. 竹管内部の共鳴に影響
     濡れた竹管内では音の伝わり方が変わり、音がこもったり、鳴りにくくなったりします。
  3. 金属部の腐食とカビの発生
     金属リードが酸化・腐食しやすくなり、さらには蝋・松脂部分にカビが発生することもあります。

つまり「内部に水滴がある状態=笙にとっての事故状態」と言っても過言ではありません。


「焙じ(ほうじ)」=演奏前の儀式

笙を演奏する前に必ず行うのが、「焙じ(あぶり)」と呼ばれる温めの儀式です。

■ 方法

  1. 専用の保温機(電熱器)または炭火器具を用意する
     市販の「笙用ヒーター」や「電熱風袋保温器」などを使用します。ない場合は、火鉢や電気コンロでも代用できますが、直接火に近づけすぎないよう注意。
  2. 風袋の下部を10〜15cm程度離してゆっくり温める
     風袋全体をゆっくり回しながら均一に温めます。1回につき5〜10分が目安です。
  3. 温度は手の甲で感じる“ぬるめのお風呂程度”
     竹が熱くなりすぎると割れる恐れがあります。目安としては、触って「ほんのり温かい」と感じる程度でOKです。

■ 目的

  • リード表面の水分を蒸発させる
  • 風袋内の湿度を安定させる
  • 演奏中の結露を防ぐために“事前加温”する

これにより、演奏中に新たな水滴が付きにくくなり、長時間にわたって安定した音が出せます。

🔍補足:「笙は暖機運転が命」と言われることがあります。これは、温度と湿度が音色と直結する唯一の楽器だからです。


演奏後の処理と保管方法

■ 演奏直後のケア

  • 演奏後は再度軽く温めて水分を飛ばす
     内部にたまった湿気を蒸発させるため、演奏後も一度軽くヒーターで温めるのがベスト。
  • 指孔をすべて開けて自然乾燥
     穴を開けたまま風通しの良い場所でしばらく置き、完全に乾かします。

■ 保管のポイント

  • 専用の箱・布袋に収納:湿気やホコリを防ぐための必需品。
  • 高温・多湿を避けた場所で保管:押し入れや床下は不適切。室温20〜25℃、湿度50%程度が理想。
  • 乾燥剤(シリカゲル)を一緒に入れる:梅雨時期は特に重要です。

調律(リード調整)は専門職に任せる

リードに塗られた「調律蝋(ちょうりつろう)」は、演奏や湿度の変化によって徐々に劣化します。音が出にくい、音程が不安定などの兆候が現れたら、無理に自分で触らず、製笙師に依頼するのが安全です。


日々の手入れが「音の未来」をつくる

笙の手入れは、楽器を磨くだけではなく、「音を育てる行為」そのものです。演奏前に心を込めて温め、音を終えたあとに静かに湿気を逃がす──。

これら一つひとつの積み重ねが、1000年以上前から続く“空の音”を現代にまで響かせているのです。


【まとめ】構造を知ることは、音を愛すること

ここまで、笙の精巧な構造と音の発音メカニズム、そしてそれを支えるメンテナンスの重要性について、徹底的に解説してきました。

笙は、ただの「音を出す道具」ではなく、空気・温度・湿度・指の感覚など、あらゆる要素と一体になって「響き」を生む“生命体”のような存在です。

その響きを守るためには、演奏技術と同じくらい、構造を理解すること・日々の手入れを大切にすることが必要です。

次回の記事では、いよいよ笙の音名・運指・指使いに迫ります。 あなたが最初に鳴らすその一音が、空から降りてくる“光の柱”となりますように──。