この記事の情報リスト
- 1 🔍 1. バイアスとは何か?なぜ必要なのか?
- 2 🔬 バイアス方式の3種類とその違い
- 3 📐 数式で理解するACバイアスの働き
- 4 🧠 3. なぜ交流バイアス(ACバイアス)は音を美しく録れるのか?
- 5 🎻 例え話:ACバイアスってこんな感じ
- 6 🧪 テスト結果・実用面での違い(比較表)
- 7 ACバイアスの周波数と録音品質の関係
- 8 🔊 5. 録音レベルとバイアスの関係
- 9 🔁 6. 消去ヘッドとバイアスの共有
- 10 🆚 7. プロ機 vs 民生機:バイアス周波数の違い
- 11 🧪 8. バイアス電流の調整と測定方法
- 12 🧰 8.1 バイアス調整の手順(マニア向け実践)
- 13 📊 バイアス設定による高域特性の変化(目安)
- 14 🧩 まとめと補足:民生機でもバイアス調整はできる?
オープンリールやカセットなど、磁気テープを使った録音方式には、必ずと言っていいほど登場する用語「バイアス」。
オーディオの世界に足を踏み入れた人なら一度は耳にしたはずですが、その正体をきちんと理解している人は意外と少ないかもしれません。
「バイアス」とは一言で言えば、音をよりキレイに録音するために信号に付け加える“補助信号”のこと。
…え、信号を“付け足す”?
それって逆にノイズになるんじゃ…? と思われるかもしれません。
実はこの補助信号こそが、磁気テープ録音における「音質のカギ」を握る技術となるわけです。

この記事を担当:こうたろう
1986年生まれ
音大卒業後日本、スウェーデン、ドイツにて音楽活動
ドイツで「ピアノとコントラバスのためのソナタ」をリリースし、ステファン・デザイアーからマルチマイクREC技術を学び帰国
金田式DC録音のスタジオにて音響学を学ぶ
独立後芸術工房Pinocoaを結成しアルゼンチンタンゴ音楽を専門にプロデュース
その後写真・映像スタジオで音響担当を経験し、写真を学ぶ
現在はヒーリングサウンド専門の音楽ブランド[Curanz Sounds]を立ち上げ、ピアニスト, 音響エンジニア, マルチメディアクリエーターとして活動中
当サイトでは音響エンジニアとしての経験、写真スタジオで学んだ経験を活かし、制作機材の解説や紹介をしています。
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🔍 1. バイアスとは何か?なぜ必要なのか?
📌 磁性体の“ヒステリシス”という壁
磁気テープには磁性粉末(酸化鉄など)が塗られており、これが音の波を記録する「媒体」となっています。
しかしこの磁性体は、非常に“くせ者”なのです。
なんと、小さな音がそのまま綺麗に記録されないという性質を持っているわけです。
これは**磁化と消磁の関係が非線形(ヒステリシス)だからなんです。
🔁 解決策が「バイアス」
この問題を解決するために用意されたのが「バイアス方式」です。
つまりバイアスとは、信号を歪ませず綺麗に録音するための“補助的な信号”となります。
🔬 バイアス方式の3種類とその違い
以下に、3つのバイアス方式とその特徴を比較した表を示します。
🗂 バイアス方式の比較表
方式 | 概要 | 長所 | 短所 |
---|---|---|---|
無バイアス | 信号のみで録音 | シンプル・機械が簡易 | 歪み大・小信号が潰れる |
直流バイアス | DC電流を加える | 少し改善される | ノイズ多・不安定 |
交流バイアス | 高周波AC信号を加える(数十kHz) | 高音質・歪み低減・標準方式 | 発振器が必要・高コスト |
さて、この図にあるように、無バイアス方式はほとんど使い物にならないので、その改善策として直流バイアスが考案されましたが、現在は直流バイアスもほとんど使われることはなく、交流バイアスがほとんどです。
現在、音声用の磁気録音機での録音には、交流電流を信号電流に重畳して供給するのが一般的。
これを交流バイアス録音方式と呼びます。
バイアス周波数は通常最高録音信号周波数の5倍以上にします。
この原理はわかりやすくするため,一般につぎのようにいわれています。
ここからは交流バイアス(ACバイアス)の働きについてしっかりと見ていきましょう。
📐 数式で理解するACバイアスの働き
ACバイアスでは、録音信号に以下のような**正弦波(高周波)**を重ねます:
数式

🧠 3. なぜ交流バイアス(ACバイアス)は音を美しく録れるのか?
先述した通り、録音信号に高周波の正弦波(通常50〜150kHz)を加える「交流バイアス」は、今日の磁気録音の標準方式です。
この手法により、ヒステリシス曲線の“非線形領域”の影響を最小限に抑えることが可能となります。
📊 ACバイアスが音質を改善する理由(図解的に)
- 磁性体は信号に対して直線的に反応しない(=歪む)
- ACバイアスでテープの磁性粒子を“高速に揺さぶる”
- 結果的に、記録される磁化の平均値が「入力信号そのもの」に近づく
- 歪みが消え、小さな音も繊細に記録できる
📐 数式で見るACバイアス
高周波でテープ上の磁性粒子を振動させることにより、磁化の平均がゼロに近づきます。

- M(t)M(t)M(t):時刻tにおける磁化
- MsM_sMs:飽和磁化
- ω\omegaω:角周波数(2π × 周波数)
この振動は、磁性粒子が1秒間に数万回振動することを意味し、小さな音でも磁化される“チャンス”が増えるわけです。
🎻 例え話:ACバイアスってこんな感じ
🎻 バイオリンを思い浮かべてください。
弓をただ弦に当てるだけでは音は出ません。
でも松脂(まつやに)を塗れば、滑らかに弦をこすれ、音になります。この「松脂」が、ACバイアスに相当します。
🎤 音声信号
↓
[録音アンプ] → 音声信号 + ACバイアス
↓
[録音ヘッド] ⇒ 信号電流を磁界へ変換
↓
🎞 磁気テープを走行させる(録音)
🧪 テスト結果・実用面での違い(比較表)
比較項目 | 無バイアス | 直流バイアス | 交流バイアス |
---|---|---|---|
音質 | × かなり歪む | △ やや改善 | ◎ 非常にクリア |
小音の再現性 | × 潰れやすい | △ やや改善 | ◎ 高精度で記録可 |
ノイズ | △ 少ない | × 多い | ○ 非常に少ない |
高音再生 | × 出ない | △ やや弱い | ◎ よく伸びる |
装置の複雑さ | ◎ 非常に簡単 | ○ 中程度 | △ 発振器が必要 |
ACバイアスの周波数と録音品質の関係
ACバイアスの「周波数」は、録音される音質に直接影響を与えます。
選定の基本原則は以下の通りです:
📈 周波数の選定ルール
- バイアス周波数は録音帯域の10倍以上が望ましい
- 通常、50〜150kHzが選ばれる(超音波領域)
✅ 理由:
- 録音信号と干渉せず、ノイズとして出力に現れにくい
- 十分に高ければ高いほど、小さな音の再現性が良くなる

ここで:
- ω\omegaω:角周波数(rad/s)
- fbiasf_{\text{bias}}fbias:バイアスの周波数(Hz)
🔊 5. 録音レベルとバイアスの関係
録音レベルとバイアス量のバランスが崩れると、以下のような現象が起こります:
バイアス量 | 結果 | 音質傾向 |
---|---|---|
適正 | 安定して歪み少ない | 最も自然な録音 |
少なすぎ | 歪み大、低域肥大 | ノイジー・モコモコ |
多すぎ | 高音がこもる | 鮮明さが失われる |
🔁 6. 消去ヘッドとバイアスの共有
実は、交流バイアス信号は録音ヘッドと消去ヘッドの両方に使われることがあります。
🔧 理由:
- 消去ヘッドにも磁性粒子を揺さぶる高周波が必要
- 同じ発振器から分配することで構成をシンプルにできる
🧩 回路的には:
録音信号 → 合成器 → 録音ヘッド
↘
→ 消去ヘッド(フィルタ経由)
録音ヘッドにはバイアス+音声信号を、
消去ヘッドにはバイアス信号単独を供給します。
🆚 7. プロ機 vs 民生機:バイアス周波数の違い
項目 | 民生機 | プロ機 |
---|---|---|
周波数帯 | 50〜80kHz | 80〜150kHz |
音質傾向 | ややソフト | 高域まで伸び、クリア |
回路設計 | シンプル | 高精度発振器搭載 |
テープ対応 | 普及帯 | 高性能テープ専用設計 |
音に直接聞こえるものではありませんが、その存在がなければ音楽の微細な美しさを記録できないと言っても過言ではありません。
特に交流バイアス方式の登場により、磁気録音は芸術性を帯びた高解像度な表現媒体へと進化しました。
🧪 8. バイアス電流の調整と測定方法
交流バイアスは、正しく調整されて初めてその性能を発揮します。
特にプロ機では、テープごとの「バイアス最適点」を探る作業は音質を決定づける重要なプロセスです。
交流バイアスは、テープレコーダー内部にある高周波発振回路によって生成されます。
この発振器は、一定の周波数で安定した正弦波交流信号を出力する電子回路です。
🎯 なぜ調整が必要なのか?
- 各メーカーのテープ(BASF、Maxell、Ampexなど)で磁気特性が異なる
- 同じ速度・幅でも最適なバイアス電流量は異なる
- オーバーバイアスやアンダーバイアスでは音が崩れる
🧰 8.1 バイアス調整の手順(マニア向け実践)
🛠 必要な機材
機材名 | 役割 | 推奨機種例 / 備考 |
---|---|---|
信号発生器(シグナルジェネレータ) | 1kHz、10kHzなどのテストトーンを出力 | Leader、HP、Rigolなど |
オシロスコープ(アナログ/デジタル) | 再生信号の波形・安定性の確認 | Tektronix、Siglent、Keysightなど |
レベルメーター(VUメーター/dBメーター) | 録音・再生レベルを正確に測定 | ノグチ電子、Tascam、内蔵メーターでも可 |
録音テストテープ(未記録の磁気テープ) | バイアス調整中の実録音に使用 | Maxell UD, BASF LPR, Ampex 456など |
プロ機・調整機能付きレコーダー | バイアス調整つまみ、トリマー、調整端子付き | Revox B77, Studer A810, Otari MX5050など |
可変抵抗調整用ドライバー(非金属推奨) | 内部バイアスVRの安全な調整 | セラミック製、精密ドライバーセット |
再生用高性能ヘッドホン or モニター | 聴感で最終チェック | SONY MDR-CD900ST, AKG K240など |
📝 手順(一般的なプロセス)
- 1kHzの信号を録音(基準点として)
- 10kHzの信号を録音しながらバイアスを調整
- 10kHz再生時のレベルが最大になる点を探す
- そこから少し(約1.5〜2dB)バイアスを上げて記録(=「オーバーバイアス」)
- 最終確認:録音された音の高域特性とノイズを聴感で判断
ここからはRevox A77を例に手順を見ていきます。
Revox A77を使ったバイアス調整・測定の詳細手順ガイド
Revox A77は、アマチュアからプロユースまで広く使用された高性能オープンリールデッキです。
この機種にはバイアス調整機能が搭載されており、使用するテープに合わせた最適な設定が可能です。ここでは、Revox A77を例に取り、バイアス測定と調整を初心者でも実行できるよう、詳細かつ段階的に解説します。
🔧 事前準備:必要なもの
- Revox A77 本体
- 未記録のテープ(推奨:Maxell UD, Ampex 456など)
- テスト信号発生器(またはスマホアプリ)
- オシロスコープ または dBメーター(あれば理想)
- セラミック製精密ドライバー(調整用)
- 高品質ヘッドホン(MDR-CD900STなど)
🧭 ステップ1:調整モードに入る
- 本体の電源を切り、リアカバーを外します。
- 上部基板部にアクセスし、「バイアス」と書かれたトリマーを確認(再生チャンネルごとに1つずつ)
- 電源をONにし、テストモードに切り替え(必要に応じてサービスマニュアル参照)
🎧 ステップ2:基準録音を作成
- テスト信号発生器を使い、1kHzの信号をライン入力から入力
- テープに録音(録音レベルは0VU基準が望ましい)
- 再生し、メーターまたは耳で基準となる音量・波形を記録
📶 ステップ3:バイアス調整用録音
- 同様に10kHzの信号を入力し、録音を開始
- トリマー(Bias Adj)をゆっくり左右に回しながら録音・再生を繰り返す
- 再生音の10kHzレベルが最大になるポイントを探る(メーター、オシロスコープまたは耳)
🎯 ステップ4:オーバーバイアス調整
- レベルが最大になるポイントから、トリマーをやや右に回し(バイアス増加)1.5〜2dB程度下がる位置に設定
- これがテープにとっての”オーバーバイアス設定点”となる
🔁 ステップ5:調整確認
- 再度1kHzおよび10kHzの録音を行う
- 高音域が”やや控えめ”になるが、ノイズ感が減り、全体の音が安定して聞こえるかを確認
- 不自然にこもる、またはシャリつく場合は微調整
📌 注意点
- A77はチャンネルごとに独立して調整する必要があります(LとR)
- テープの種類を変えたら、再調整が基本です
- トリマー調整は必ず電源ONの状態で慎重に行ってください
この手順により、Revox A77で使う任意のテープに対して最適なバイアス電流を調整し、録音音質を最大限に引き出すことができます。
🧰 発振器の構成要素と種類
コンポーネント | 役割 | 備考 |
---|---|---|
発振回路(Oscillator) | 交流バイアス信号を発生させる | Wienブリッジ型、LC発振回路など |
トランジスタ / FET / オペアンプ | 発振の増幅・安定動作 | バイアス周波数帯(~100kHz)に対応 |
LC共振回路(コイル+コンデンサ) | 発振周波数の設定 | 目的の周波数にチューニング |
バイアスミキサー回路 | 録音信号とバイアス信号を合成 | 録音ヘッドへ送る前の信号ブレンディング |
可変抵抗(VR) | バイアスレベル調整 | 「Bias Adj」「Bias Level」と表記される |
🔧 実際の部品名と役割
部品カテゴリ | 名称(一般) | 備考 |
---|---|---|
回路基板 | Bias Oscillator Board | バイアス発振回路全体の基板単位 |
半導体素子 | トランジスタ(例:2SC1815等) | 発振・増幅に用いられる |
共振部 | LC回路(L:インダクタ、C:コンデンサ) | 目的のバイアス周波数を生成 |
調整用パーツ | Bias Adj VR(可変抵抗) | バイアスレベル微調整に使用 |
📊 バイアス設定による高域特性の変化(目安)
バイアス量 | 高域特性(10kHz) | 特徴 |
---|---|---|
適正 | フラット | バランス良く自然 |
少なすぎ | レベル高いが歪む | シャリつくが解像度あり |
多すぎ | レベル低下・こもる | 音がこもる・曇る |
🔁 応用:テープ種別ごとに最適バイアス値を保存
多くのプロ機(例:Studer A807)では、テープ銘柄ごとにバイアスプリセットメモリが搭載されています。
🧩 まとめと補足:民生機でもバイアス調整はできる?
→ 可能な機種もありますが、外部測定器が必要な場合がほとんどです。
TEAC XシリーズやTASCAM機などでは「テストトーン録音 → 聴感で調整」が基本です。
バイアス方式それは一見地味で目に見えない存在ながら、磁気録音の世界を陰で支える“縁の下の力持ち”。
無バイアス、直流バイアス、そして現代の標準である交流バイアス。
それぞれが歴史と技術の進歩の中で誕生し、そして磨かれてきました。
とくに交流バイアスの登場は、音楽録音の精度と美しさを飛躍的に高め、カセットやオープンリール、そして放送用マスターテープに至るまで、あらゆる記録メディアの「音の品質」を根本から支えてきたのです。
そしてその技術は今なお、アナログを愛する人々の手によって受け継がれ、再評価されています。
録音とは、ただ音を残す行為ではありません。
“時間”と“感情”を刻む技術であり、
それを実現するための物理と工学の結晶が、このバイアス方式なのです。
この記事が、あなたの音との付き合い方を少しだけ深め、アナログの世界への興味を一層高めるきっかけになれば幸いです。