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テープの仕組みは比較的わかりやすいですが、レコードというのは実に不思議な存在です。
空気の振動である音波をカッティングヘッドの機械振動に変換し、回転するラッカー盤に螺旋状の溝として刻み込み、再生時にはスタイラスがその溝をなぞって発生する振動をカートリッジの逆電磁誘導で電気信号に戻し、アンプとスピーカーで増幅・再生することで、刻まれた音が再現される。
って説明されても、そりゃわかってるんだけど、意味というか仕組みがいまいちわかりませんよね。
本日はトリビア記事としてそんなレコードにおける7不思議をピックアップします。
1. 200Hz以下はモノラル化される秘密
レコードの切削工程では、150Hz〜300Hzあたりを境に低域をステレオ成分(左右の差分)ではなく、モノラル成分(左右を合算して溝の上下振幅で刻む)にまとめます。
この処理には大きく3つの理由があります。
- 針飛び防止:ステレオで低域を刻むと、溝振幅が大きくなり、針先が溝を越えて飛び出してしまうリスクが高まります。
- トラッキング安定化:上下振幅のみのモノラル成分はカートリッジのトラッキング性能に優しく、回転ムラやターンテーブルのわずかな揺れにも耐えやすい。
- 定位感の不要性:人間の耳は200Hz以下の低音域で左右の音源位置をほとんど識別できません。この生理的特性を利用し、不要なステレオ情報を削減しています。
結果として、盤に刻まれる低域は安定感が増し、力強いベースラインが安定して再生されます。
サブウーファーを積極的に使う意欲を掻き立てられる理由がなんとなく見えてきます。
オーディオにこだわる人にはわかるかもしれませんが、ベース域の調整というのは非常にやっかいで難しい領域ですよね。
2. ハーフスピードカッティングで超高音質
一部のプレミアム盤では、マスターラッカーの切削を通常33⅓rpmの半分である16⅔rpmで行います。
- 高域精度の向上:低速回転によりカッティングヘッドの移動速度が半分になり、ラッカーへの刻み込みが緻密になります。
- 微小ディテールの再現:人間の耳に際立って聴こえる8kHz以上の超高域成分がよりクリアに残り、楽器のアタック音や空気感まで鮮明に。
- 採用例:ビートルズの再発プレミアム盤や一部のオーディオファイル向けリマスター盤で見られ、価格は通常盤の数倍にもなることがあります。
3. インナーグルーヴ・ディストーション(内周歪み)の謎
盤の外周に対して内周は回転速度が約20%低下します。そのため:
- 音質変化:内周に近づくほど高域特性が劣化し、ディストーション(歪み)や位相のズレが顕著に。
- 定位感の変化:ステレオ定位もわずかに中に寄るような印象を受ける場合があり、エンジニアは構成上、内周に派手な情報を配置しないことでバランスを取ることも。
- 演出テクニック:最後の数秒をドラマチックに飾るため、あえて内周の歪みを利用し、雰囲気を深めるアーティストやプロデューサーもいます。
4. ランオウト・グルーヴに隠された刻印
再生溝が終わった後、針が回り続ける部分を「ランオウト」と呼びます。ここに:
- エンジニアのサイン:小さなイニシャルやシンボルを刻印して、誰が切削したかを示す“職人の証”となります。
- オリジナル判別:コレクターはこの刻印を手掛かりにオリジナルプレスと再発盤を見分け、希少性を判断することも。
- ユーモアやメッセージ:中にはジョークや隠れメッセージを忍ばせ、発見したリスナーをほっこりさせる遊び心も。
5. カラーヴァイナルの音質差と進化
顔料を混ぜて着色するカラーヴァイナルは、かつて:
- 樹脂特性の変化:顔料混入が樹脂の硬度や融点に影響し、黒盤よりノイズフロアがやや高くなる傾向がありました。
- 近年の改善:最新プレス工場では精度管理や顔料の粒径制御が徹底され、黒盤と遜色ないノイズレベルを実現。
- デザイン性との両立:ビジュアル重視のアートワーク盤や限定盤では、音質優先の黒盤プレス盤と並行してカラーバリエーションがリリースされることも増えています。
6. 重量盤(180gなど)の“ずしん”と安定感
重量盤は標準的な120~140gに対し、180g以上の厚みを持ちます。効果として:
- 慣性質量の増加:ターンテーブルへの回転剛性が上がり、速度変動(ワウ・フラッター)が減少。
- 振動減衰:微振動が盤自身に吸収され、カートリッジへの影響が軽減。
- 体感的な低域の厚み:重量感ゆえにリスナーが“ずしん”と感じる重低音のエネルギーが強調され、没入感が向上します。
7. ループ・グルーヴ(Locked Groove)の遊び心
盤端の外周に特定の溝をループ状に刻み、針を落とし続けると以下が起こります。
- 無限ループ再生:エンディングのフレーズが永遠に繰り返され、まるでサイケデリックな催眠体験のように。
- アーティストの演出:ビートジェネレーションや実験音楽の分野で、「終わりなきドローン」や「繰り返しメッセージ」として活用。
- DJ文化での応用:クラブDJが針を意図的に落とし、フレーズを無限リピートしてミックスのアクセントに使うこともあります。
さいごに
最後に、レコードの元祖ともいえる発明の歴史を振り返って締めくくりましょう。
1877年、トーマス・エジソンが発明した「フォノグラフ」は金属円筒に音を刻んで再生する世界初の装置でした。
その後、1887年にエミール・ベルリナーが平面ディスク(当時は「グラモフォン盤」)を開発し、これが現代のLPレコードの原型となります。
回転するディスクに螺旋溝を刻む方式は量産性と再生品質を大きく向上させ、20世紀初頭からポピュラー音楽の普及を支えました。
こうして生まれたアナログ・レコードは、今もなお音楽ファンを魅了し続ける不朽のメディアなのです。
最新技術としては、従来のスタイラス針ではなく、光レーザーで溝を非接触読み取りする「レーザーカートリッジ」も登場し、さらに摩耗やノイズを抑えた再生が可能に。
デジタル配信が主流となる現代においても、物理的な溝に刻まれた音の温かみや、ターンテーブルを回す儀式的な楽しみは色褪せることなく、多くの音楽ファンの心を捉え続けています。